暴力を政治の手段に使う時代は終わった。2022年のウクライナ情勢を見てもまだ、そんなことを僕は信じている。同じように考えている人はこの2014年に始まった戦争のドキュメンタリーを見る必要があるだろう。
民主主義を掲げながらも、武力による衝突はなぜ起こるのか。Netflixによって部分的に制作されたこの映画は、ウクライナ、米国、イギリスの共同制作により、その物語を鮮やかに、そして何より生々しく描いている。
基本情報
監督
エフゲニー・アフィネエフスキー
プロデュース
エフゲニー・アフィネエフスキー
デン・トルモア
パヴロ・ペレショク
ユーリ・イヴァニシン
ナレーション:
シシー・ジョーンズ
リリース日
2015年10月9日
上映時間
102分
製作国
ウクライナ
アメリカ合衆国
イギリス
【あらすじ】
2013年にウクライナで発生した学生デモが大規模な公民権運動へと発展した93日間の様子をとらえたドキュメンタリー作品。13年11月、欧州連合協定の調印を見送ったヤヌコービチ大統領に抗議するため、キエフの独立広場でデモが発生した。
当初は学生たちを中心とした平和的なデモだったが、治安部隊が武力をもって押さえつけようとしたことから衝突が激化。参加者の数は瞬く間に膨れ上がり、暴力が暴力を呼ぶ過激な革命「通称:ユーロマイダン」へと変貌していく。多くの人々の命が失われたこの革命の過程を克明に描き、自由を求めて闘う人々の姿を映し出していく。
2022年のウクライナ情勢
2022年2月21日。東部ウクライナにおける親ロシア派の武装分離勢力が実効支配してきた2つの地域について、独立を自称してきた「共和国」をロシア政府が承認。24日、同国は陸海空からウクライナ侵攻を一斉に開始した。
その被害はすでに甚大だ。時事通信によると、国連は民間人474人、負傷者は861人の負傷者が出たと公表。CNNによるとロシア兵は6000人以上の死傷者が出たという。本作は、この悲痛な現在の状況を知るための資料としても必見である。
2022年3月5日、僕は渋谷のウクライナ支援デモに参加した。そこで一人の在日ウクライナ人女性に出会い、話を聞いた。彼女は「2014年から始まったこの戦争」と言った。2014年とは、独立広場のデモに端を発するユーロマイダンのことだ。本作は正にこの広場から始まるのである。
治安部隊ベルクトはまるでウクライナ人ではないかのように見えた
同作で最もショッキングだったのは、デモを鎮圧する治安部隊ベルクトが警棒でためらいなくデモを行う市民を何度も暴行するシーンである。尋問や拷問のような閉鎖環境ではない。ウクライナの首都キエフの独立広場という公共空間で、公然と行われる公権力の暴力が映し出されていた。
まず、このベルクトとは何者なのだろうか。映画コメンテーター有村昆さんが東スポで掲載しているコラム「ニュースシネマパラダイス」の中では、
と紹介している。ベルクトの残虐さは以前から有名なようで、
と「と、ビジネスインサイダーはウクライナのベルクト特別警察がとても怖い理由」という記事の中で紹介していた。当時のヤヌコヴィッチ大統領が重用したことによって、彼らの残虐性はエスカレートしていったという説もある。
本作の前半は、このベルクトの残虐ショーのような様相を呈しており、平和とは市民、権力側の一人一人が「人命第一」という基本的な信条を共有しなければ実現しないことを有無をいわさず感じさせる。
wikipediaによると、マイダン革命が始まったのは2013年11月21日の夜、最大2000人の抗議者が独立広場に集まり、24日には5〜20万人にもその数は膨らんだという。それに対して最大5000人のベルクトのメンバーを配備したとビジネスインサイダーは報じている。本作を観ると完全武装したベルクトの大群にビビるが、実際は鎮圧側が数においては劣勢だったようだ。
平和的な抗議活動から反政府武装運動へ
もう一つ感じた違和感というか恐ろしさは、デモを行う市民が徐々に反武装勢力へと変貌していく様だ。序盤では、広場に集まりプラカードを掲げ集会を行っていたが、ベルクトの残虐性と武力に呼応するように市民側も防護盾、ヘルメット、こん棒、銃器、火炎瓶で立ち向かうようになる。
ロシア・ビヨンド紙は当時彼らの行動はプロが先導していると報じている。内容を一部抜粋しよう。
ベルクトはベルクトで歯止めを失い、ゴム銃から実弾へと装備を変え、武力衝突は凄惨さを増していく。映し出される映像も、痛々しいものや悲痛なシーンが増えていく。
さらに、長引く衝突のため鎮圧側も新たな勢力を投入。本作の中で「新たな勢力は明らかに組織的で、攻撃することに長けていました」と紹介している。それぞれのバックにどのような勢力の補佐があったのかは明らかになっていない(独立側にはウクライナサッカーの極右集団とナショナリスト党Svobodaが活躍したという説がある)が、戦闘が先鋭化されていったことは本作を観ていればすぐに理解できる。
ユーロマイダンがもたらしたもの
そして、そのために多くの人命(死者:113人、負傷者:1811人、ウクライナ保険省調べ)が失われた。これは第一次世界大戦から第二次世界大戦の死者数が技術の進歩によって実に5~8倍近く増加したことと似ているのかもしれない。私には民主主義への燃えるような情熱よりもむしろ、「闘える」ということと、「鎮めるのではなく、抗議者と戦う」という選択肢が、この武力衝突を燃え上がらせてしまったように思えてならない。
だがこの革命によって、ヤヌコヴィッチ大統領は退陣。新たな政権の発足(第一次ヤツェニュク政権)、2004年憲法の復活、数ヶ月以内の臨時大統領選挙の実施と成し遂げたことも多い。
そのために2022年の侵略戦闘において、果敢に抵抗を続けているのだ。独立を死守するにせよ、ロシアが一部併合するにせよ、勝ち取ったものと失うものを天秤に乗せることは決して忘れまい。そう改めて思わせる作品だった。