長野県で開催中の芸術展「Shinbism2」は、芸術好きがガチで薦める作家達の祭典だった。

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私は、そこまで美術に造詣深いわけではないですが、これはすごい良いイベントです!
なぜなら、この展示会には各学芸員さんにとって”ワタシが絶対に薦めたい作家さん”しかいないからです。”大好きな人による大好きなもの”を集めた現代作家の展示会です!

絶対どこかのイベントには行った方が良いと思います。
昨日行って来ましたが、本当に良い作品ばかりです。

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シンビズム2とは

「シンビズム2 信州ミュージアム・ネットワークが選んだ20人の作家たち」は、一般財団法人長野県文化振興事業団・長野県が主催による第二回目の美術展。
長野県東信、南信、中信、北信会場の四会場による同時美術展。
開催期間は2018年12/1(土)〜12/24(月)
なんと入場無料。

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会場/出展作家一覧

「シンビズム」は長野県内の公立、私立の20施設の様々なキャリアの学芸員による共同企画を行います。市民と作家、作品をつなぐ学芸員の意識共有や資質の向上を図り、県内ミュージアムのネットワーク化を促進することで、ゆかりの作家の全県的な支援や、市民のみなさまへのより多彩で豊かな情報提供を目指しています。

県内ミュージアムの相互連携によって、信州全体の文化力アップが目的

本展の目的は県内各地の様々なキャリアを持つ学芸員が相互に企画し、県内ミュージアムのネットワーク化を促進、信州全体の文化力を高めようというものだ。

長野県に縁のある現代作家を学芸員一人一人が選定、担当する仕組み

学芸員一人一人が本当にオススメしたい現代作家を選び出す。
そして学芸員自らが担当となり、何度も作家さんの元へ足を運び、交流をし、展示作品選び、ワークショップ、企画等の”展示会づくりそのもの”を作家と共にコーディネイトする美術展となっている。

私は、中信会場の安曇野市にある豊科近代美術館にボランティアスタッフとして参加した。
豊科近代美術館では、
OZ-尾頭-山口佳祐/絵画、パフォーマンス。
末永恵理/油彩画。
橋口優/油彩画、イラスト、羊毛フェルト。
橋本遥/漆芸。
山内悠/写真。

の5名の作品が展示されていた。

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オープニングイベントでは、OZ-尾頭-山口佳祐氏のライブペイントが行われた。

12/1初日は、監督、各作家、学芸員によるギャラリートークイベントが行われ、作家だけでなく学芸員さんからも多くが語られた。
この相互往復トークこそ、シンビズムの特色だ。
作家さんを紹介しつつ、一部その内容をレポートしたいと思う。

OZ-尾頭-山口佳祐は、現代の絵師。日本人の持つ「曖昧さ」「おくゆかしさ」をアートに昇華させている【安曇野豊科近代美術館の塩原さんが推薦・担当】

OZさん作品

《擬音態画伝 そより》2017年/シンビジウム2HPより

・【学芸員】塩原さんより
OZさんは海外に出てから後、日本的な浮世絵表現をするようになった。
その一環で、神社への奉納絵馬を描いた事が転機となった。

その為に土地に赴き、その土地の土に触れ絵に織り交ぜる。
その過程の中で、

「人はどこから来たのか?」「私はだれなのか?」という根源的な疑問を強く意識する。そういったテーマを絵に込める部分に強く共感した。

と語る。
今回は、その疑問、テーマを”安曇野”という土地で描くとどうなるのか?に強い関心がありました。

・【作家】OZさんより
本展のひとうみシリーズは”具体的であって、具体的ではない”にフォーカスしている。

夢を見たときに現れるぼんやりとした感覚、曖昧さ、発想的なリアリティや背景などを意識した。

“安曇野に潜むなにか?とは”

安曇野は、かつて古くは海だったが、現在の長野県は海なし県であり、人は海に憧れを抱いている。そういった水への憧れを形にした。また、絵の具には実際に安曇野の土を混ぜ込み、描いている。

“絵馬は地域とのコミュニケーションツール”

絵馬は1本1~2年程度製作期間がかかる。
その土地に赴いて、歴史風土を学び土地の人々と時間をかけ話し、意思疎通しながら作品が生まれる。神社に奉納する絵馬は芸術作品であると同時にツールだ。そうした事を表現するにはどうすればいいか現在も模索している。

尾頭が描く。  彼の手から広がる幾重もの世界。 native, nature and art.

担当の学芸員さんとのやりとりの中に愛があった。

作品を大切にしようという過程の中で、人を知ってコミュニケーションの中から現在の展示の形が生まれている。そういった展示会づくりができた事は、とても良い経験となった。

末永恵理は、点の集合体としての空間、世界を描いている。【木曽町教育委員会伊藤さん推薦・担当】

末永さん展示場

Galaxy1他作品「展示会場/安曇野豊科近代美術館」

・【学芸員】伊藤さんより
今回、一番大きな部屋を使わせてもらった。展示してあるのは近年10年の作品。質問したい事が山ほど出てくる作品達だ。
末永さんは、東京生まれだが、ある時、”東京はなんだか染み込まない気がする”と思い、1999年に長野県諏訪に移住した。

八ヶ岳などに登り、感動した景色、樹木をテーマに描いていたが徐々に描き方を抽象的にしていった。

点描画を見た時に信州の自然を力強く、美しく取り込んでいると感じ、心からみなさんに紹介したいと思い参加してもらった。

・【作家】末永さんより
抽象表現は、絵とは別の仕事の忙しさが一つのきっかけだった。

忙しさで、感動したものを具象で描くという余裕がなくなってしまい、日常的な作業として”線を引いて、結んで、色を塗る”という事を繰り返し出した。その中に感動が含まれているような形に変化していった。

それでも、ある日、色を塗る作業が辛くなりその場にあったチャコールペンシルだけで線を結び影をつけた絵画を書こうと思い、描き始めた。

ある時、線を結ぶ事もやめ、点だけで道路を描いてみようと思った。
道路は昔、自転車で旅していた時よく描いていた。
そうして生まれたのが、点だけで構成されたシリーズの始まりだった。

Tree lineシリーズは、山の頂上付近の空気を描いた作品。

「Tree line」は森林限界という意味。
山の頂上目前の場所で、透明な空気の場所を感じた。そこは、澄んでいて不純物のない空気なのに、密度が濃く満たされた場所だった。その空気がすごく好きで、絵画に出来たら良いと思い作成した。

橋口優さんの作品には、山と人、山に集ういきもの達とのつながりを感じる【諏訪市矢ヶ崎結花さん推薦・担当】

橋口さん作品

<はじまりの合図~四賀小編~>2017年・シンビジウム2HPより

・【学芸員】矢ヶ崎さんより
2012年に、鎌倉の個展で「学校シリーズ」に出会った。
広い空間に、子供が描かれているシリーズだった。

彼女の描く子供達は、素直な元気さではなく、エネルギーの重なりとして、凝縮されている。澄ました静かなエネルギーと強度をそれらの絵から感じた。

近年は故郷である長野県茅野市に戻り山シリーズを描いている。

この山シリーズは、学校シリーズとは異なり動的でエネルギーが解放されていた。その違いもまた面白いと思いました。

・【作家】橋口さんより

学校シリーズには右耳が生まれつき聴こえない事が影響している。

子供達が何か一つのことをやっているけれど、誰が誰で、何をやっているのか分からない絵だ。

右側からの音が聴こえないために、なんとくなくやり過ごす事がある。その延長線で上から俯瞰して周りの状況を見ながら対応する癖がついた。絵の構図などはそれが影響している。のかもれない。学校シリーズの説明は、何度も色々なところで説明して来たけれど、その都度違う。これからも違うかもしれない。

はじまりの合図は、初めて子供たちが外に出た作品。
諏訪市美術館「山と学校」(2017年)という企画で作成した時の作品。この企画は、母校の小学校6年生とコラボレーションして山を作ったり、小学校に自分を絵を展示するなどといった企画だ。

http://www.city.suwa.lg.jp/scmart/img/171108siga.pdf

この作品(というか企画)でやっと自分の小学校時代が成仏できたように思った。ここから山のシリーズが描けるようになった。

絵が好きなのは、描き手だけじゃなく学芸員さんも、見にきた人達も同じ。

学芸員さんにここまでスポットが当たっているのは、とても珍しい。それぞれの熱意や考えに触れ、それと同じ位の熱量を持って見に来て来てくれた方がいると思うと製作の場を長野にした事を嬉しく思います。

橋本遥は、漆の伝道師。漆の良さ、表現としての奥深さを伝え広げていく事が使命。と語る【安曇野市教育委員会三澤さん推薦・担当】

橋本さん作品

<薄濃>他、橋本さん展示会場/豊科近代美術館。

・【学芸員】三澤さんより
以前別のアートコンテストで蕎麦猪口アートで知り合った。他にどんなものを作っているのか聞いたら漆の全身フィギュア、脚や腕といった人体の一部、髑髏など全く違うテーマのものを作っていると知り面白いと思った。

彼の狙いはあくまで漆の技巧をどう見せるかにあるのだが、見る方はそこに生と死に対する意識、また戦国時代、敵将を讃え、討ち取った髑髏に施した薄濃の化粧を思い起こす。意識的ではないとしても、その独特のモチーフ選びはとても刺激的で面白い。
・【作家】橋本さんより
漆は木の樹液。自然にある素材であり、伝統的で日常的な素材。

漆の技術は進化していって、最盛期の江戸時代では、装飾なども増え、もはや一見しても素材が分からないレベルにまで達している。元々は単純な素材。山で自分でも取れるものだが、それが芸として非常に説得力のある表現になっていくのが、気持ち良い。

髑髏のモチーフに込められているのは、漆の持つ日常と特殊性の味わいとのシンクロ。

ドクロは誰のものか分からない。死んでしまう事は、当たり前であり日常。それを金箔や加飾を施す事で特別なものにする行為は、漆の持っている味わいと似通っている。

山内悠の写真は、人と自然と宇宙を相互連携した関係として意識して捉えている。【長田さん推薦・担当】

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kumonoue-koya1-2007年・シンビジウム2HPより

・【学芸員】長田さんより
「夜明け」という、まるで宇宙から地球を見ているような荘厳な写真シリーズを初めて見た。
その後、彼が、600日間以上富士山にて利便性を配した禁欲的な暮らしをしている事を知った。

彼の取材の仕方はユニークで、その場に行って自分の中にその土地を落とし込むまで体験しつづける。彼は人も宇宙も自然も同じものを撮っている、人の中に広がる宇宙、宇宙に含まれている人、自然を彼の写真から感じる。

・【作家】山内さんより
今の自分が見えている現実が、絶対的に正しいのか?という問いかけが写真にはある。

普通でない、潜んでいる見えないものを撮りたかった。それらは光を通して見えるような気がしていた。

富士山の雲海の上での暮らしは、根源的な生存活動だった。

雲の上の暮らしは、下には雲海、常に上に太陽があって、その上には無限の宇宙がある。山小屋での主人との暮らしの中で、自分達の生活が宇宙や自然の中にあると実感出来た。その大きな全体感を意識して太陽だけを撮り続ける「夜明け」シリーズは生まれた。

全てをフィルムカメラで撮り、ネガ現像の際は、意識を超えた未知のものに身を委ねた。上手く綺麗に現像出来るかより、発色した写真など、偶発的なプロセスを意図的に採用した。

いくつかの写真を逆さに見た時、宇宙から見た惑星のようだった。

宇宙の中にいた自分の体験が、光として写り込んだと思った。その時この富士プロジェクトは一つの答えにたどり着き終わりを迎えた。

現在も、色々なものを撮る中で探求は続いている。

まとめ

何より作品が良い。全ての作家がとても独特の感性で、世界と向き合っておりアートの形で提示している。そして、学芸員さんと作家が本展の為に築いたストーリーをかいま見る事が出来るのがとても良い。
作家は、学芸員さんの熱意に推されて作品を作り、人前に出て自分の言葉で補足してくれる。

学芸員さんは、より良く魅せる為の工夫を会場に凝らし、また他者から見た解釈で良さを語る。

相互に影響し合って生まれた芸術展だからこそ、今まで見た事もない素晴らしい展示になっているのではないかと思う。

会期中は、毎週土日で必ず作家さんと織り成すワークショップかギャラリートークが行われている。

何度も言うけどすごく良い作品ばかりなのでぜひ、足を運んでみて欲しい。
(下記HPにて詳細確認出来ます)

「シンビズム」は長野県内の公立、私立の20施設の様々なキャリアの学芸員による共同企画を行います。市民と作家、作品をつなぐ学芸員の意識共有や資質の向上を図り、県内ミュージアムのネットワーク化を促進することで、ゆかりの作家の全県的な支援や、市民のみなさまへのより多彩で豊かな情報提供を目指しています。
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