傑作ウエスタン映画「シェーン」ネタバレ感想・考察 「これぞ男の子の教科書」

※結構ネタバレ致します。

シェーン公開ポスター

「1行あらすじ」
流しのガンマンが、悪党に脅されている農民一家を助ける話!

これはもう大人の週間少年ジャンプなんです。男の子の憧れ像そのもの。
世の全ての少年か少年だった者達は、この作品を正座で見て
魂を震わせなくちゃいけないんです!
ラストシーンに全てが結びつく最高の映画!
大人はシェーン(アラン・ラッド)の目線で、子供はジョーイ(ブランドン・デ・ワイルド)の目線で
格好良さに痺れ大切な事を学びとりましょう。
もんごい名作ですこれ

カッコイイ男とは何か
魅力的な男とは何か

どこがそんなにかっこいいのさポイントをこれから書いていくわけですが、
多くの”なぜ”がシェーンの行動には含まれていて、作中でそれをわかりやすく明示はしないんですね。
その”なぜ”の中におそらく格好良さがあるのではないかと紐解いてみました。

それ以外にも素晴らしさ満載なんだけど、一番書きたいのは上だから他の部分は箇条書きにします。ご勘弁を!

・背景にある史実、西部開拓時代のジョンソン郡戦争、ホームステッド法などに対しての示唆の仕方、描写が見事!
・ワイオミングの背景の素晴らしさ(聖地巡礼したい!絶対良いとこ)
・シンプルで無駄のない脚本・演出が素晴らしい!
(小さくまとまりがちな小道具とか、意味の薄い会話劇とかそういうの一切ないです。全ての伏線がラストに活きてきます)
・役者陣の見事さ(特に悪役ウィルソン役のジャック・パランス!!素晴らしい存在感)
・ヴィクターヤングの劇中歌!!(”The call of the far away hills” )

他、シネマズ松竹の下記コラムには唸らされました。合わせて是非!

西部劇不朽の名作『シェーン』がデジタルリマスターでリバイバルされましたので、ご紹介いたします。

よし、では本題。

スポンサーリンク

喧嘩のかわし方と買い方が最高にヒーロー!

シェーンです。
農民服に着替え、ジョーイ少年の為にソーダ水を買ってあげる
途中で、チンピラにちょっかいをかけられます。

酒をぶっかけられても挑発に乗らない。媚びない。逃げない。
ただ無言でいる。そしてソーダ水を片手に店を後にする。
簡単に手を出す暴れん坊ではない、力の使い所を知っている描写はシビれますね。

後日、ジョー(ヴァン・ヘフリン)らと共に再び酒場へ。
シェーンは二度目のちょっかいで
「調子にのるなよ」と喧嘩をおっぱじめます。

なぜ彼は喧嘩を一度目はかわしたに、二度目は受けたのか?

理由は色々考えられますが
私は、気長でも臆病でもない腕っ節の強い男だからこそあのタイミングだったのではないかと思います。
むしろそこでも我慢するのが正しかったのでしょうが
シェーンの弱さゆえだったのではないか
手を出せる強さを誇示すると同時に我慢しきれない弱さも描いているんです。

本当にヒーローなのは、多勢に無勢になったらすかさず加担したジョーの方でしょう
けれど、ジョーイには先に手を出したシェーンがとても魅力的に映るんです。
それは、伏線で何度も開拓民達がライカーら悪党に困っているが
手を出せないでいるという事が映されているからです。

シェーンはあの時、よそから来た人間でありながら開拓民側の
”誰もがして欲しかった事を始めにやってくれた男”だったわけです。

ジョーイに拳銃の扱い方を教えちゃうのが、カッコいい!

この作品は、旧来の暴力による支配(ライカー達)と
権利を尊重し助け合うという人間達(ジョーら)との対立の構造が含まれています。
その間にいるのがシェーンです。
シェーンは暴力で事を収めることを良しとするガンマンでありながら
開拓民側の手助けをし、共に畑を耕し「ここが気に入った」などと
言ったりしています。

上記の酒場の1回目のくだりでもそうですが、彼は暴力から距離を置こうとしているように見えます。
暴力の恐ろしさを知っている人間なのです。

ではなぜ、幼いジョーイ少年にしつこくせがまれたからと言って銃の扱い方を教えたのか?

「銃もただの道具だ。使う人間次第」
というセリフがありますが、使い方を知らないままでいるより
使うことの恐ろしさを実感させる事の方をショーンは選んだのでしょう

ジョーイを決して子供扱いしていないからこその選択なのだと思います。

このシーンが映画において初めての銃声である事。(しかもめちゃ音でかい!)
そしてその後ジョーが「今の銃声はなんだ?」と飛び込んで来るのも素晴らしい演出です。
銃の恐ろしさを、見ている側にも叩きつけたシーンです。

ジョーを止める為に殴り合いになるのが最高

とうとう開拓民側で死人が出てしまい、闘わざるをえなくなった時
自分が行くと聞かないジョーを止める為に、シェーンはジョーと殴り合いの喧嘩となります。
なんで殴り合いなのか?

シェーンは、ジョーの覚悟を決して軽んじないんです。
死を覚悟してでも、戦おうとしている気持ちを汲んでいるんです。
だから拳で語り合う事でシェーンは自らの思いも伝えようとするんです。
分かり合おうとした男同士の対話なんです。
それでも結局シェーンは一つだけひた隠しにしているものの為に、銃で殴り気絶させるという
らしくない卑怯な手を使って事を収めます。

恋をしてしまったジョーの妻マリアン(ジーン・アーサー)のためです。
もちろんジョーに伝える事は出来なかった。
マリアンは気づいていて「私の為なの?」と口にします。
「君、達家族の為だ」と返すシェーンがなんともいじらしいです。

「二度と戻れないだろう」とシェーンが言う意味には三重の意味が込めれています
①、死んでしまうかもしれないから
②、暴力の世界に帰ってしまうという暗喩
③、人妻に恋をしてしまって、そのまま暮らし続ける事は出来ない為

シェーンはジョーの為に身を引くと同時に
マリアンの為に引き金を引く覚悟を決めるんです。
かくして、シェーンは女の為に、離れていた暴力の世界に立ち返るという王道の展開となるのです。

ラストのジョーイを諭すセリフが全部名セリフ!!

ここは、ローガンでも使われたシーンですね。そもそもローガンは本作の続編みたいなものだとマンゴールド監督が語っていたので
観たんですが、悪党との死闘を果たしたシェーンがジョーイに語るセリフはどれも胸にこたえます。

こちらも是非!

「人は自分の器を壊す事は出来ない。頑張ってみたけれど駄目だったよ」
というセリフを聞き、初めて
このお話はシェーンが暴力の世界から足を洗おうともがく話だったのだと気づく。
なんと切ない話なのだろうか。ヒーローとなった男が背負ってしまった罪。
それをシェーンはジョーイにさとすのです。

全編ジョーイの目を通して描かれるシェーンの生き様に、ジョーイはただ
「カムバッ〜〜ク!」と叫ぶ。
ジョーイがそれらを理解するのは遠い日の事なのでしょう。
それでも追いかけて引き止めたりはしない辺り、わからないながらも理解している
という事を匂わせている気がするのがまたニクいラストです。

まとめ

相当語ってしまいましたが、本作は勧善懲悪の体をなしていながら、簡単にそうと言えないお話なんです。
ヒーローでありながら、人殺しであるガンマンが自身の居所を見つける為の旅の一幕なのです。
シェーンが暴力で解決する限り、悪と同じ立場になってしまうという事を示唆した大人の映画なんです!
もんごい名作だぜ。こいつは

おまけですが遙かなる山の呼び声で山田洋次がリメイクしてます。
こっちも最高の映画だよ!(武田鉄矢が実に良い味を出してます)
思えばシェーンのOPもどこか寅さんっぽいんです。山田洋次ファンも是非!

1953年(米)
第26回アカデミー賞受賞:撮影賞
ノミネート:作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞(ブランドン・デ・ワイルド、ジャック・パランス)

スポンサーリンク
スポンサーリンク