フランク・キャプラ監督のマイナー映画「失われた地平線」感想 「理想郷シャングリラの正体」

※一部ネタバレ致します。

失われた地平線公開ポスター

「素晴らしき哉、人生」や「ある夜の出来事」で有名な名匠フランク・キャプラの1937年監督作品。
132分の作品だが、反戦内容部をカットされたせいで公開当初102分として上映。
のちアメリカンインスティチュートがフィルム修復を果たしたが、125分ぶんしかフィルムが見つからず
7分は音声とスチール画像のみという執念すら感じる制作愛に満ちた作品。

チベットの山奥に突如現れた美しき寺院、そして満ち足りた人々が住まう土地「シャングリラ」
を舞台に描かれる、厭世と慈愛の哲学と中庸の美徳。

ロバート・コンラット(ロナルド・コールマン)なる英国人外交官一行が中国から飛行機をハイジャックされるも、
雪深いチベットの山間で燃料切れ不時着。
そこに偶然通りかかったシャングリラに住まう僧チャン(H・B・ワーナー)に連れられて行ってみるとそこは理想郷だった。

というジェームズ・ヒルトンの同名小説の映画版。

というわけで早速良いところをあげていきましょう。

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全編に漂う倫理観と良心がしみる

ロバートとシャングリラの高僧ラマとの対話のシーンにこんな言葉がある。

「今の世は、貪欲さと残忍さに取り憑かれた熱病に犯されている」
「シャングリラは一つの簡単なルールで守られている。be kind(優しくあれ)だ」

何度もしきりに描く倫理観はまさにこれに集約されている。

シャングリラでは人々は遭難したロバート達を歓待し、
村を歩けば酒を振る舞い共に盛り上がる。
争いは起きず、ものの取り合いは、譲り合いと対話で解決を図り手を引く事もある。
そんな節度ある温和さが、本作での「優しさ」の形だ。

人々に役割と居場所を提供する事で、心安らかになる。
適度にものや刺激に満たされていれば、適度に幸福なのだと説く
考え方には、昨今の会社経営なんかにも通じるものがありそうで
合資会社でいいから、シャングリラって会社作ってくれないかな…
そして私を雇ってよ。と思っちゃうくらい人間が出来てる世界。頭が下がります。

SF的な世界感に思考が捗る

本作はハートウォーミング作品というよりも、夢が詰まったおとぎ話に近い。
そしてその夢とは、科学や快楽にではなく「平和」の特化である。

「平和」ってなに?っていうのが上に書いた「be kind」という事なんだろうけど
そういう平和な理想郷を支えてる部分がとてもユニーク!

まず、金脈がザクザク取れるから金に困らない。
周りは険しい雪山に四方を閉ざされてるけどシャングリラは適温。
緑も動物も豊富にいる。
人は老いないし、死なない。
美術品や調度品、音楽、書物の文化品を200年も収集している為
文化的にたいへん豊か。

という素晴らしい環境、そこに加えて思想や倫理観の教育も行って高い倫理基準を維持している。

ロバートがチャンに「女の取り合いになったらどうするんだ?」と聞くと
「誰かのものになってしまったとしたら、手を引くべき」と穏やかに諭すシーンがある。

そんなん言うほど、たやすくないやろ!と思うが、そういう教育を施している
環境化ならそうなのかもなと思わせる。
あまりに世の中とかけ離れた世界なので、色んな衝突のパターンを考えながら
教育しているのかなと考えると思考が広がる心地がします。

高僧ラマが、下界でのロバートの考え方「人は誰しも一瞬の中に、永遠の安らぎを見る」
に触れ、ここに君の考えは必要だから、連れて来た。
と告げるシーンは思わず「それアニメサイコパスのシュビラシスムやん!」とつっこまずにいられなかった。
高度な対話能力と独自の温和な思考を持った人物を取り込む事で、シャングリラは高度な倫理観を維持、発展して来たんですね。

だんだん理想郷のばけの皮が剥がれてきそうな予感ですが、そういうお話ではありません。
最後までおとぎ話で終わる本作。

あったら良いなの一つの形として、覚えておきたい作品です!

第10回アカデミー賞 美術賞・編集賞 受賞作品。

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