popcorn映画「ある精肉店のはなし」上映会・感想 (ネタバレ有)

ある精肉店のはなしポスター

スポンサーリンク

基本情報

監督・脚本:
纐纈 あや
撮影:
大久保千津奈
音楽:
佐久間順平
製作総指揮:
大槻貴宏
製作:
やしほ映画社、ポレポレタイムス社
上映時間:
108分
公開日:
2013年11月29日

[あらすじ]
大阪貝塚市での屠畜見学会。牛のいのちと全身全霊で向き合うある精肉店との出会いから、この映画は始まった。
家族4人の息の合った手わざで牛が捌かれていく。
牛と人の体温が混ざり合う屠場は、熱気に満ちていた。
いのちを食べて人は生きる。
「生」の本質を見続けてきた家族の記録。

公式HP
https://www.seinikuten-eiga.com

実際に上映会で観た皆さんからの感想

・子供達にみせたい。
スーパーマーケットにトレーに切り分けて並んでいる肉は、実はこうやって命から出来上がって自分の口に運ばれてるのだと知ることができるとても大切な作品。
-50代男性

・重たいテーマの中に温かさ、命の尊厳があるのがとてもよかった。
-50代女性

・見るのは辛そうだったけれど、目を背けないでよかった。
命をいただくということがなんなのか、よりハッキリと知ることができた。
-30代男性

・「被差別部落における差別撤廃活動をしていくことで、人生が変わった。」と告げる茂雄さんの爽やかがとても心を打った。

普通は、差別というものは周りのせいにしたがる。
そもそもが不当なものだし、そうした方が楽だからだ。
けれど、そうしないで、現状を受け入れている。

この作品には、そうした「受け入れることで、あらわれる爽やかさ」が全編に満ちている。
-50代女性

・衝撃の映像は確かに存在するけれど、だからこそ食の連なりを強く感じることができた。
-30代男性

・屠畜による一撃の重さ、大切さを思い知った。
青年海外協力隊を特集したいつかのテレビ番組で、アフリカのとある国で鳥を〆る体験番組があった。
レポーターはやったことがなく、うまく〆ることが出来ないでかえって鳥は苦しく暴れてしまう。それはとても痛ましい映像だった。
本作には、そういった命に対する尊さが随所に見られる。
-40代女性

どんな人向けか?”命をいただく”ということの意味、”命を割る”を生業にした家族を見たい、知りたい人向け

纐纈(はなぶさ)監督が、屠畜見学会に参加した際に感じた熱量、凄いものを見てしまったという衝撃だった。
生身の肉体を持った人間が、汗だくで命に向き合っていた。

この衝撃的な出来事を北出さん達の日常という側面から描くことで、はじめてお客さんにも観てもらえる映画になるのではないかと思い、本作は誕生した。

屠畜シーンの衝撃は、本作を観る大きな意義

牛を引く長男新司さんが歩いて屠畜場へ向かう姿は民家が立ち並ぶ一角ということもあり、のどかな日常の1シーンに見える。
一転、屠畜場の中が映し出されると、そこで繰り広げられる光景は「生を奪い」「命を割る」作業だ。
そこに充満しているのは、命を一撃で奪う緊張感と、余すことなく製品に置き換えようと務める職人の生への尊厳だ。

私達は肉を日常的に口に運ぶ。
当然、こうした作業の上に私たちの食卓があることを知っている。

けれど、実際に生きた牛が部品へと姿を変える光景は知らない人がほとんどではないだろうか。

そしてその「命を割る」作業を行う人がどんな信念、矜持を胸に命を肉に変え、日々どんな暮らしをしているのか、知る人はいない。

本作が描き出しているのは

”命を割る”行為そのものをありのまま見せること。

そしてその行為に真剣に向き合う人々もまた、ありのまま見せること。

その中で、私たちは「いただきます」の意味を知る。
それは、そのまま北出一家の命に真剣に向き合う生き方だ。

被差別部落という社会的立ち位置によって、尊厳は可視化され強固になる

獣の血を扱う、屠畜を行う人々は”穢れを纏っている”として、忌み嫌われ「部落」という言葉と共に一つどころに押詰められて生きて来た。

現代においてその考え方は、徐々に是正されていっているが、もちろん自然にではない。

被差別を受けた人々が、その職業が持つ意義、人としての尊厳を叫んだからだ。

本作はそうした活動の中で、北出家の人々の真剣さ、代々受け継がれてきた職の尊厳を一層強く描いて見せている。
「不当だ」と叫ぶより、尊さを説くことを選んだ人々の物語なのだ。

どんな観後感を得られるか?爽やかさと家族愛の温かさ。すこし遅れて、多くのことがらへの敬いの心

観てもらった方々と感想シェアパーティーを行った際、最も多かった感想の言葉は「爽やか」「温かさ」だった。

本作のテーマは「屠殺」とそれにまつわる人々の暮らしだ。
前述したように、重たくまじめなテーマだ。

しかし、本作から受ける印象はすこし違う。
それは、北出家一家が「受けいれる」ということをしなやかに、にこやかに、こなす人々だからだろう。

日々の中にすこしの苦しさがある、それと同時にすこしの笑いがある。
一人では受け止めきれない重みがある、それを上手に分け合う家族がいる。

熱すぎず、軽すぎずの絶妙なバランス感覚はこの作品自体が、観客にとってとても受けいれやすいものにしている。

すこし遅れてやってくる敬いの心

しなやかさやにこやかさが形づくる家族愛の温もりに始めはあてられるが、その後にじんわりと満ちてくる心持ちは”感謝の祈り”のようなものだ。

糧となった命と命に向き合い続ける人々に、大きな畏敬の念を感じる。

これらは、粛々と執り行われてきた「命を割る」行為とその滑らかで洗練された作業は心に沁みる。

そして、もう一歩踏み込んだ感動に、「牛の皮で太鼓をつくる」エピソードがある。

このエピソード自体は、生きた牛が、肉塊になる描写に比べるとはるかに地味な描写だが、目に見えない”歴史”を浮かび上がらせてくれる。

北出家のある東町という地区の祭り太鼓の皮を、この牛の皮で新たにつくる。

毎年必ず行われる、町内の盆踊りと、御輿を走らせるだんじり祭り。

そこで活躍する太鼓は、なんと300年前に作られたもので、皮を張り替えながらずっと受け継がれている。
そして、北出家もまた7代続く精肉店だ。
このエピソードの連なりの中に、受け継がれる職人の誇りと行事、道具に対する敬いが自然とあふれる。
何も語らずとも、継ぐという行為には神聖さが宿るのだと本作は教えてくれる。

「命をいただく」だけに留まらない、「いただきます」が内包している多くの事柄に対して、心の中で、自然と手を合わせてしまうのだ。

まとめ

北出家の人々のキャラクターや暮らしかたが、とても微笑ましくお手本にしたいくらい素敵な方々です。
しかし、その中身をのぞき見ると多くの衝撃的なことがら、神聖な尊さに満ち溢れています。
そんな、重層的な素敵さや楽しさがある。

精肉店のはなしだけに、皮から中身まで、全部美味しいジューシーな作品です!

【関連作品】
纐纈 あや監督の前作。

スポンサーリンク
スポンサーリンク