Netflixアニメ「攻殻機動隊SAC_2045」S1考察 リソースの再分配がポストヒューマンの使命

(C)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会

クオリティはともかく、新たな攻殻機動隊シリーズのテーマは何だ?という一点について論じる攻殻ラバーによる考察ブログ!テーマはずばり「格差社会をいかにして解決するか」。

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基本情報

原作:
士郎正宗
監督:
神山健治、荒牧伸志
シリーズ構成:
神山健治
脚本:
神山健治、檜垣亮、砂山蔵澄、土城温美、佐藤大、大東大介
キャラクターデザイン:
イリヤ・クブシノブ、山田正樹
音楽:
戸田信子、陣内一真
アニメーション制作:
Production I.G、SOLA DIGITAL ARTS
出演(声):
草薙素子
-田中敦子
荒巻大輔-阪脩
バトー-大塚明夫
トグサ-山寺宏一
イシカワ-仲野裕
サイトー-大川透
タチコマ-玉川砂記子
江崎プリン-潘めぐみ
シマムラタカシ-林原めぐみ

[あらすじ]
2045年。全ての国家を震撼させる経済災害「全世界同時デフォルト」の発生と、AIの爆発的な進化により、世界は計画的かつ持続可能な産業としての戦争“サスティナブル・ウォー”へと突入した。アメリカ大陸西海岸で、傭兵部隊として腕を奮っていた草薙素子たち元・公安9課のメンバーの前に“ポスト・ヒューマン”と呼ばれる驚異的な電脳スキルと身体能力を持ち殺戮とテロ行為を起こす存在が突如として現れる。彼らはどこで生まれ、何を目的としているか。大国間の謀略渦巻く中、ポスト・ヒューマンを調査するため、再び公安9課が組織される。

攻殻機動隊ユニバースは広大だ。1991年出版された、士郎正宗による漫画「攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL」から数え、アニメーション映画、TVアニメシリーズ、コミカライズなどその名のつく作品は30作以上存在する。これらは原作の要素をもらい受けながらも、パラレルワールド的にそれぞれが存在している。つまり、いかようにも意味付け可能なのだが、今回はあくまで、時間軸と世界観が繋がっている2002年からスタートした神山健治監督作「Stand Alone Complex(S.A.C)」シリーズに絞って考察する。

本作は、笑い男事件があったStand Alone Complexと個別の11人なるテロ集団における難民独立事変があった2ndGigからさらに未来の話だ。
全何話なのか明らかになっていないが、過去シリーズがいずれも24話構成なので、本シーズン(12話)で折り返し地点だと考えられる。ここまでの中で、一体何をテーマにしているのか。

Stand Alone Complexのそもそもの意味とは

タイトル(SAC)が意味するように本作もまたStand Alone Complexについて描かれた作品になるはずである。
なかなか本題に切り込まず恐縮だが、まずStand Alone Complexについて説明しておこう。
作中の笑い男の言葉を借りると

“全ての情報は、共有し並列化した段階で単一性を喪失し、動機なき他者の無意識に、あるいは、動機ある他者の意思に内包化される”

という事だ。このテキストでは理解しずらいため下記にて例を挙げる。

⑴、名を持たぬ泥棒が悪党から金を盗み、その金を貧乏な人間に渡す。
という出来事が発生する。
⑵、この話が人づてに広まっていく中で、いつしかこの名を持たぬ泥棒には「イシカワ」という名が付き、「イシカワ」を名乗る模倣者が多数現れる。
⑶、同時に「イシカワ」とは何者で、何のために行ったのか?という憶測が飛び交うが、真実を知る者が本当の事を言ったとしても「イシカワ」を名乗る者が多すぎるため、誰にも真偽を判断することができない。
⑷、誰もが「イシカワ」になれると同時に、「イシカワ」の名の元に行う事は全て「イシカワ」になってしまう。

これを本シリーズではStand Alone Complexと呼ぶ。

「笑い男」編が、Stand Alone Complexという現象そのものを描き、2ndGIGは、Stand Alone Complexを人為的に引き起こした場合に起こりうる社会変化と、その中で、何を為すのかを”動機ある者”を通じて描いている。

主役である素子率いる9課のメンバーは、狂言回しの役目であり、彼らの成長を描くのではなく、あくまで社会のうねりを見つめる立場として存在していた。
つまり、S.A.Cシリーズとは、一つの熱狂的にムーブメント化した社会現象を描く話であり、その中で、個人の意思や意図は意味を保てるか?また、個人が意味を持たなくなったその渦中でどんな行動を起こすか。を示してみせるSF作品なのだ。

「サステナブル・ウォー」と「ポストヒューマン」は入れ子になった二つのStand Alone Complex

さて、ようやく本題に入る。本作には二つのStand Alone Complexが存在するのではないかと思う。
一つは「サステナブル・ウォー」。その単語が意味するところと推移する状況を考えると

①、計画的だったはずの産業としての戦争。

②、次第に個人、企業、国家の意図を超え、”持続自体を目的とする”戦争になっている。

③、そして動機なき他者の無意識、もしくは動機ある者の意思により、終わりも始まりもなくなった戦争継続を続けるための思考に人々は変貌(管理)した社会を形成していく。とサステナブル・ウォーは意図しているように思われる。ジョージ・オーウェルの「1984年」がどう引き合いに出てくるのが重要なポイントだろう。

二つ目は「ポストヒューマン」だ。
①、突如、人間を超える知能と身体能力を獲得した元人間達。②、能力が発現すると、以前の人間性が消失。
③、大きなものの一部になったかのようにテロや殺人行動を実行し始める。

いずれもStand Alone Complexの構造を持っている。そして、この二つは入れ子構造になっている。「サステナブル・ウォー」における”動機ある者”とは「ポストヒューマン」だ。「ポストヒューマン」が「サステナブル・ウォー」を加速させると同時に、全く別の道へ導くトリガーでもある。そして「ポストヒューマン」の動機ある者はシマムラタカシだ。

「ポストヒューマン」は「サステナブル・ウォー」を終息させようとして、持続させてしまっている?

第10話までの流れでは、彼らは戦争を持続させる存在として描かれている。動機なき他者を誘導し、断罪するシステム「シンク・ポル」もまた姿なき敵を強制的に作り出し紛争を起こさせるものだった。

だが、その内面に目を向けると、持続ではなく終息のために動いているようにも見える。「世界同時デフォルト」により、一度開き過ぎた貧富差をゼロに戻し、弱きものに武力を与え、私利私欲にまみれた人間を消していく作業は「サステナブル・ウォー」の本質にあるものが利権であり、それらを粉砕することこそが目的であるかのように取れる。

「サステナブル・ウォー」という産業戦争が、現在のITや金融戦争を指しているものであるならば、一部の企業や国家が利権を独占し、格差が広がり続ける構造を持った戦争なのだろう。それを打ち崩すために「ポストヒューマン」は存在している。今までのシリーズに出てきたアオイやクゼにしても、動機ある者は常に弱い者の側に立っていた人物だと考えると、この考えは捨てたものではない。問題は、どうやって打ち崩すのか?

シマムラタカシは、郷愁の共有化で戦争を終わらせようとしている

11話から登場したシマムラタカシは、前述した通り「ポストヒューマン」というStand Alone Complexにおける動機ある者だ。彼の動機は、そのほとんどが闇の中だがいくつかのヒントを元に推察することはできる。
断罪システム「シンク・ポル」を作ったが、一度使っただけで放棄し、次に郷愁を誘うと思われるシステムを構築した事を考えると、一度は私利私欲にまみれた人間を排斥するという考えに取り憑かれたが、システムに人間の意思や心が追いついていない事に気づき、次にその心を作り出す方向に向かったのではないだろうか。

これは「ポストヒューマン」の総意から逃れた事も意味している。その証拠に12話の中で、本来ポストヒューマンになると失うはずの親子愛がタカシにはまだあることが描かれている。

郷愁の思いを共有し並列化することの先にあるのは庇護か融和の精神だろう。そこには格差がなく「ポストヒューマン」を通じ再分配させるという行為に向かう。
一人目に当たる人物が、どこかスティーブ・ジョブズのような面持ちだったのにも理由があるだろう。IT長者の特徴の一つが、人類や地球環境全体への貢献なのだ。

まとめ

Stand Alone Complexの構造に沿って構成されているはずだという点から、考察した。まだ最低でも1クール分ある事を考えると全く的外れかもしれないが、SF作品の面白さは現実と照らし合わせた考察にあるし、攻殻機動隊の良さは現代の社会問題を鋭角に切り取るところにある。「ポストヒューマン」という安易な表現は、ひょっとすると”戦争を超越した者”という意味なのかもしれない。何しろ、人間の歴史の中で戦争のなかった時代はまだ一度もないのだ。

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