「新しい環境だから、どんどん何でもやっていける」長野県・移住支援インタビュー③vol.1

山下さんインタビュー

安曇野に引っ越してきて7年半の山下夫妻(左:和希さん/右:美鈴さん)にお話を聞きしました。

ご本人達も移住者でありながら、ボランティアで移住相談も受けていらっしゃいます。

どちらの話もガッツリ語っていただいたため、2編に分けております。

vol.1(本記事)は移住者としての目線。
vol.2は移住相談を受けている目線。

vol.1では引っ越して来たことによりどんな変化があり、またどんなことを大切にして日々を暮らしているのか?をざっくばらんにお聞きしました。

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ゲンヤ

インタビュワーは私(ゲンヤ)が、担当させていただきます!

<山下和希さん、美鈴さんご夫妻プロフィール>

和希さんは、一級建築士事務所アトリエ・アースワークの代表。和歌山にオフィスを構え、自身も全国各地の建築場所を飛び回り、在宅期間は長くても1~2週間。二拠点生活ならぬ他拠点生活です。
和歌山と長野(信州)松本市・安曇野市の設計事務所、一級建築士事務所アトリエ・アースワークです。 移住・二地域居住・セカンドハウスのご相談、店舗、住宅、医療・福祉施設、など、大きなものから小さなものまで、どんなものでもご相談ください。きっとステキな提案をさせて頂けることと思います。 また自らの移住体験を基に長野県、山梨県...
美鈴さんは、地元ポータル「ナガブロ」にて「長野移住計画」を開設して10年。当初は自身の情報収集のためだったが、同じ移住を目的とする人からメッセージがきたり、長野の人からコメントをもらえるようになりました。移住後は安曇野暮らしでの何気ない日々の出来事を投稿していますが、移住を考えている人からの相談や、時折、行政等のセミナーで体験談などもお話ししております。
2017年12月WEB上での情報交換の場としてfacebookページ「信州移住ヨモヤマバナシ」も立ち上げました。現在の登録者数は130名を超えます。
2011.8  3年間の移住計画の末、40年暮らした海の国 和歌山県から、憧れの山の国「長野県安曇野市」に移住しました。  サブタイトルを「〜安曇野に移住しちゃおう!〜」から「〜安曇野に移住しちゃいました!〜」に変更! 信州、安曇野へ移住した人・したい人・地元の人が繋がる場をつくりたい!「移住してよかった!」と感じ...
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ここは最終地点じゃなくて、拠点。

安曇野に来た理由は、家を建てるためだと語る和希さん。

建築の仕事をしている身として、一生に一度くらい家を建てようと思い立ったのが47~8 歳の頃です。

初めはフィンランドかデンマークでの暮らしを考えていたのだが、色々な理由があり断念。日本で、似た場所がないかと探すことにしました。
考えた末に辿り着いた場所は、なんと以前から好きで何度も遊びに来ていた安曇野でした。

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和希さん

皆さんと比べると、とても気楽な気持ちで来たなあ。
それは、僕がサラリーマンではなく建築士だったからということが大きい。
ライセンスさえ持っていたらどこでもできる仕事だと思います。

ここ安曇野を目指して来たのは確かだけれど、自分は性格上でも仕事の上でも一箇所にはいられない。と話を続けます。

和希さんは大体1~2週間単位で地方の現場へ移動を繰り返しており、家にいるのは短いときは2~3日しかいないそうです。

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和希さん

だから、ここが最終地点じゃなくて、またどこかに行くかもしれない。けれど、通過点ではなく、ここに拠点を置くというイメージです。

今住んでいる家は御家族にゆずり、また他の場所へ移り住み、別の仕事をしながらも「ここに来れば、誰かがいる場所」という拠点の可能性も語ってくれました。

後発的に入って来たから、良いも悪いも過去を知らないでスタート出来るのが良い。

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ゲンヤ

安曇野の暮らしはどうですか?

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和希さん

あたたかい家をつくったからとても快適。寒さに対する不満は全くないです。家で寒さは対策できるんです。

それに、実はここはとても気楽なのだ。と和希さんは続ける。

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ゲンヤ

気楽というと、例えばどんなところですか?

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和希さん

長野県はまだまだ自分のことを知っている人がすくないから道端ですれ違いざまに挨拶するのも気楽なんです。

可笑しな例だけど、スーパーで30%引きの商品を買っても、まだまだ知り合いが少ないから、人目を気にしないでいいくらいの距離感ね。

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美鈴さん

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ゲンヤ

なるほど。ほどよい距離感なんですね

と言っても私も主人も、地域に溶け込んで地元の人や移住してきた仲間、これから移住をしようという人達と一緒になにかしたいと思っています。一体何が気楽なんやろなあ。

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美鈴さん


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和希さん

後発的に入って来たから、良いも悪いも過去を知らないでスタート出来るのがええんやろな

「何で安曇野に来たの?」と聞かれたとき「(安曇野が)好きだから」と答えるとすごく喜んでくれるのが、こっちも嬉しいんです。

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美鈴さん

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和希さん

その方が、かえって入りやすいんです。


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ゲンヤ

続いて、移住というと切っても切れないものに、”地域のしがらみ”があると思います。もちろん良いところ、悪いところがあるんですが、そのことをどう思っていますか?

わたしは地域のしがらみをマイナスに感じたことがない。
逆に子供たちを名前で呼んでくれたりして、人が温かいなあと感じます。

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美鈴さん

美鈴さんは「マイナスなものは、感じた先からすぐ忘れてしまうということもあるけど」と笑いながら語ってくれました。

「新米ですから、よろしくお願いします」という気持ちが大切。

「それに」と補足する形でまた和希さんが話を引き取って続けます。

お二人の掛け合いは、互いの話を本当によく聞いていて、否定することなく補い合い続けて会話が続いていきます。

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和希さん

長野県の人たちは、会話上手です。
接し方がフレンドリーで、移住者慣れしているんです。
あまり深く追求してこないところもあって、話がスムーズなんです。
その代わり、深く入っていこうと思うとちゃんと地域に入って活動をしていかないと受入れてもらえないところはあるかもしれません。

ご近所さん同士でお互いに気にし合っているところは確かにあるけれど、田舎暮らしの本などに書いてある、悪い意味で見てる人はほとんどいません。

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美鈴さん

「〇〇さんがどうこう」といった陰口のようなものは本当に聞いたことがなく、むしろ何気なく会話をしている中で、ふと心配してくれる一言が混じっているような関係性なのだそう。

ある日、何気なくご近所の方に「娘さんの会社は、ブラック(な会社)なの?」と訊ねられたそうです。娘さんが就職し一人暮らしをしたことを知らず、いつも駐車場に車がないことを心配してのことだったという。

そんな、微笑ましいエピソードを交えながら美鈴さんは語ってくれました。

”郷に入りては、郷に従え”で仲間に入れてもらっていると思って接しているせいもあるかもしれません。
自分が「新米ですから、よろしくお願いします」という気持ちが大切だと思います。

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美鈴さん

自分が、生粋の長野県人だと言えるのは、引っ越してくる前の人生期間と同じくらいの期間がかかる。

移住から8年間が経過したが、”地元”という感覚はまだ3割程度しかないのだと、美鈴さんは語ります。

道もだいぶ覚えてきましたし、実質的には、地元の方々と一緒に行事やイベントごとに参加すると長野県民、安曇野市民だとは思うけれど、生粋の地元の方を前にしては、まだまだ「生粋の安曇人」とは言えません。

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美鈴さん

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和希さん

けれど、娘は7歳の頃来て、今8年目なので多分本人は長野県人だと思ってます。物心ついた頃からいたから。
多分、僕らがそう思えるまでは、来るまでの期間と同じくらいの期間はかかると思います。

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ゲンヤ

以前、地元の方にインタビューしたとき、「一緒に町の行事やお祭りなどの運営に入ってくれると移住して来た人に仲間意識を感じる」と話してくれたことがあったんですが、そのことについてはどう感じますか?

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和希さん

生粋の長野県民(地元の人)は一緒になって何かをやろうと思い飛び込むと、すぐ仲間に入れてくれます。そこからの仲間意識も強いんです。
けれど、自分自身はいなかった時間と同じくらい時間がかかってようやく長野県民になったくらいの気持ちでいる方が、気が楽だと思います。

”移住者”と言いたくない。そのせいで変なくくりが出来るのが嫌。

自分は土地の人間になろうとしているけれど、いつまでたっても移住者という目線で見られてしまうのに、最近色々考えるところがあります。
移住者と地元の人の壁ができてしまうような気がしているんです。

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美鈴さん

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ゲンヤ

それは、私もわかります。変な期待を背負わされてしまっているような、それでいてかえってこの呼び方のせいで変な距離を感じるような気がしています。

単に生活の拠点を移しただけのお引越しなんだけどな。
世の中的には、移住。移住者と言われてしまう。
そのせいで変なくくりが出来るのが嫌なんです。
もっと別の言葉があったらいいなと思います。

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美鈴さん

と言って、美鈴さんは考え込むように言葉を終えました。
この問題は現在進行中で、私の中にもその場にもまだピタリとくる言葉はありませんでした。

環境変わったら、性格も変わった。

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ゲンヤ

話は変わり、安曇野に引っ越してきたことで自分の中で変わったことはありますか?

とても活動的になった。環境が変わったら性格も変わったなあ

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美鈴さん

以前は、移住相談やセミナーで話すようなことは全然しないタイプだったと美鈴さんは語る。ブログがきっかけで繋がった人を介して外にどんどん行けるようになり、取材もどんどん受けるようになったのだそうです。

やってるうちに自分が面白い、やりたいと思う事がたくさんできてくる。何かをやるとfacebookで繋がって、面白いことがまたはじまる。そういうのが積み重なっていって、色々飛び込むようになり、出来るようになった。

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美鈴さん

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和希さん

そうやな。全然変わったな

あるとき、fecebookでカヌー大会のスタッフが足りないとつぶやいてるのを目にして、面白そうという理由で手を挙げ参加しました。
それから継続参加していて今年で4年目になります。
今では安曇野リバープレイヤーズクラブの会計を任されるようになって、オーストリアのカヌーチームを招へいしたり、羽根田卓也選手を呼んだりといった刺激的な活動にも携わるようになっています。

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美鈴さん

続けてやっていると、「色々やっている人」「面白い人」だと周りも分かってきて、色々なところからさらにお声がかかるのだ。と活き活きと語る美鈴さん。

これも古いしがらみがないから、どこにでも入っていけるということかなあ。
しがらみがある場所だと、「山下さんの奥さん、あそこに来てたよ」なんて言われるのを変に気にしてしまって行かれなかったのかもしれない。
新しい環境で、知らない人の中に入ったからどんどん何でもやっていける。ということにつながるのかな。

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美鈴さん

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和希さん

そう思います。それに、人を呼べるような自分の住処ができた、ということもあるんだと思います。


隣でじっくりと美鈴さんの話を聞いていた和希さんが、何度か大きくうなづきながら補足して、話を結びました。

vol.2(移住者相談、信州移住ヨモヤマバナシ編)に続く。

Vol.1に引き続き、和歌山から引っ越して7年半の山下夫妻にお話をお聞きしていきます。 vol.2(本記事)では、移住相談を受けるのはどう...



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