映画「ハクソー・リッジ」ネタバレ感想・考察「第二次大戦中の実話、神聖なる英雄像」

※一部ネタバレします

ハクソーリッジ公開ポスター

「1行あらすじ」
信仰の為、訓練から一度も武器を持たずに、兵士達を救い出す為に戦地を駆け抜け続けた衛生兵の話。(実話)

ハクソーリッジとは、第二次大戦中の日本沖縄の戦闘地帯、前田高地断崖の事を指します。
ハクソー(ノコギリ)で切られたような険しい崖(リッジ)という意味です。

太平洋戦争を描いた映画といえば、クリントイーストウッド監督の「父親達の星条旗」「硫黄島からの手紙」が挙げられますが
1945年4月19日より始まり6月23日に終結した。アメリカ兵死傷者7万2千(死者1万4千)人、日本兵18万8千人の
犠牲が出た凄惨な戦地である。それが本作の舞台だ。

真珠湾攻撃以後、高まる戦争ムードに圧されて志願したデズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)は
敬けんなクリスチャンだった為、「汝殺すことなかれ」の教義を守り「良心的兵役拒否者(CO)」としての権利を主張し
「武器を一切手にしない」という条件で衛生兵に志願する。

なんだそれ、わけわかんないぞ。
兵役拒否者なのに、志願したの?
そんで武器持つの拒否したの?
しかも本当にそのまま戦地に行ったの?
頭おかしいんじゃない?

というのが本作の肝になるわけなんですが、
メル・ギブソン監督がもっとも心を惹かれたのもこの部分だったようだ。

実際、ギブソン監督は戦闘描写に一切の容赦なく1秒に4、5人は死ぬ位の勢いで
凄惨極める戦場を臨場感たっぷりに描いている。
この痛みのある映像表現こそメルギブソン監督の真骨頂だが
その中でただ一人一切の武器を持たない男は特に異彩を放っている。

では感想。

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ドスの信念の貫き方が実に潔い

私が本作で最も面白いと思った点でもある。
事前特別映像でのギブソン監督曰く
「架空の英雄ではなく、真の英雄を描きたかった」
「すごい能力を持つスーパーマンではなく、見ている人が近づけるような英雄像を描きたかった」
と言っています。
その為のA・ガーフィールドの起用だったのでしょう。
狙い通りダグは朴訥とした人の良さをたたえたまま、信念を貫き通し続けます。

なぜ、こうも貫く事が出来たのか?
一つは、彼が勇敢でタフだったからだ。

彼の勇敢さとタフさを作ったのが近所の森や山を登る毎日と
酒浸りで家族に手をあげる父から、母や弟を守る為だったのだと思う。

だが、果たしてそれだけで罵倒や暴力を受けながらも信仰を守れるものだろうか。
ましてや相反する行為を行う軍隊の中で。

私はそれだけではなかったと思う。
明確な答えを作中提示してはくれなかったが

弟を煉瓦で殴り殺しかけてしまった罪の贖罪

彼のアイデンティティそのものだったからだ。
と私は思う。

アイデンティティに関しては
「もし信じることをやめたら僕は、生きていけない」とはっきり口にしている。

また
信仰の形は様々だと思えるほど、彼は世の中を知らなかったのではないか。
どうしようもなく、ロマンチストでお人好しで世間知らずだった為だと思う。

中盤、ドロシーと出会って1日で「僕が彼女と結婚するんだ」とほざいたり
デートでは前置きなくキスをしてしまったり、かなり純粋で世間知らずな側面が描かれている。
とてもイノセントな状態で、彼は大人になり志願したのだ。

戦地においてのドスの在り方

癒す能力しかない男が凄惨な戦地にあって
味方が秒単位でその命を失っていく姿を目の当たりにし
「私に何をしろと言うのだ?何のためここにいるのだ」
と問うのは、銃を持った他の兵士すら同じ疑問を思うに違いない。

その問いの答えが、地上部隊撤退後、海からの艦砲爆撃の嵐と
敵兵襲撃の戦地に戻り、まだ息のある人間を一人でも救う事だった。

この行為にデズモンド・ドスという人間全てがこもっており
英雄譚となりえた最大最高のシーンだが、なぜそうした考えに至ったのか?

それは彼が”一切の武器を携えていなかった為”だと思う。
彼の目的は初めから救う事一点にあった。
もし少しでも倒す事や守る事が頭にあったなら、次の闘いでの挽回に賭け
撤退していたのではないだろうか。
だが、救う事は次では遅いのだ。
その気持ちの曇りのなさが彼をもう一度死地に向かわせたのだと思う。

救出劇パートは全編名シーンと名セリフで構成されているがそこは見てのお楽しみ。
75名を救い出した彼は、沖縄のシンドラーだったし、ホテルルワンダだった。

本作の残念部分がある。とても重要にもかかわらず描かれなかった事だ。

敵が目の前で守るべきものを殺そうとしたらどうする?
の問答に対してドスの回答は「分かんない」

それは答えを用意して欲しかった。
それこそ戦争の最大の葛藤ではなかっただろうか。

ドスが敵に気づいたが、武器がないので隠れていたら
目の前で一番の仲の良い部隊のメンバーを殺されるとしたら?
事実を元にしているとしても、気になるところです。

日本兵が沢山出てくる中で、気になるシーンがさらに2つあった。
日本人なら違和感感じると思う。

①、日本兵が白旗上げながら現れて不意打ち手りゅう弾自爆テロをしている

史実かはネットを徘徊する限り分かりませんでした。戦陣訓や沖縄戦における集団自決などから着想を経ているのかもしれません。
特攻と自爆テロは趣きが異なりますが、そう描いた事による葛藤やドラマはなかったのでドスの見せ場作りだったのでしょう。

戦陣訓(せんじんくん)は、
戦陣での訓戒のこと。日本では室町時代や戦国時代に多く発表され、家訓などともに読まれた。
また、特に1941年1月8日に陸軍大臣東條英機が示達した訓令(陸訓一号)を指す。
陸訓一号も軍人としてとるべき行動規範を示した文書で、このなかの
「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」
という一節が有名であり、玉砕や自決など軍人・民間人の死亡の一因となったか否かが議論されている。
(wikipedeiaより引用、抜粋)

②、日本の大将らしき人が地下通路で切腹介錯されている

これは事実です。実際に、沖縄戦を指揮した牛島満将軍の最後をモデルにしていると思われます。

6月23日の慰霊の日は、牛島満司令官が自決した日が根拠である 孫の貞満氏が「1945年6月20日」が戸籍記載の命日と確認した 貞満氏は、司令官の自決後も続いた沖縄戦の実相を伝えていく考え

まとめ

本作を通して特に感じたのは、信仰という日本人にとって理解しづらい問題に
あっても「人命救助」「人を殺すは最大の罪」という事が共通の普遍的な良心であり
またどんな状況であっても尊く、信じるべき事だという事です。
彼が行った事は世界中で賞賛される新しい時代の戦争の英雄像だと思います。

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