映画「エミリー・ディキンソン静かなる情熱」感想・考察。彼女の死は、詩人としての不滅だったのか。

エミリ-ディキンソン静かなる情熱、公開ポスター

エミリー・ディキンソンの詩はとても大胆でユニークだ。そして、他のどんな詩人よりも真理を知覚し感覚的に綴る。
そして彼女の生涯には専門家、研究家が今も論争を戦わせる疑問がある。
「なぜ彼女は、生家をほとんど出ずにその一生を過ごしたのか?」
彼女を語る時、その一生を語らずにはいられない。彼女の生涯こそが、彼女の詩そのものだからだ。
彼女の詩が、生涯こそが詩人としての生き様なのだ。

それらの疑問の答えと彼女の詩人としての生き様を本作はささやかながら、深く描いている。

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基本情報

監督・脚本
テレンス・デイビス
製作
ロイ・ボールター
ソロン・パパドプロ
撮影
フロリアン・ホーフマイスター
制作年
2016
制作国
イギリス

キャスト
エミリ・ディキンスン-シンシア・ニクソン
ラヴィニア(ヴィニー)・ディキンスン-ジェニファー・イーリー
エドワード・ディキンスン-キース・キャラダイン-
スーザン・ギルバート-ジョディ・メイス
ヴライリング・バッファムーキャサリン・ベイリー

「あらすじ」
19世紀半ばのマサチューセッツ州。家族と離れ、女子専門学校に通っていたエミリ・ディキンスンは、学校での福音主義的な教育に疑問を持ち、周りからも孤立していた。そんなある日、家族がエミリを迎えにやってくる。弁護士の父は、彼女を家に連れ帰り、兄オースティン、妹ラヴィニアと過ごさせる事にしたのだ。生家で過ごす静寂の時間の中で、ひたすらに詩を綴るエミリ。そしてその詩は、父の口添えもあり、地元新聞に初めて掲載される。だが喜ぶエミリに対し、編集長は「有名な文学は男の作品で、女には不朽の名作は書けない。」と皮肉を返すのだった。やがて時は過ぎ、花嫁を連れて帰ってきた兄夫婦に息子が生まれ、ディキンスン家は幸せに包まれていた。しかしそんな中、南北戦争勃発により、世界が変わり出した事で、エミリの心境にも変化が現れ始め…。(filmarksより抜粋引用)

エミリー・ディキンソンをよく知らない方の為に、まず彼女の簡単なイントロダクションから始めたいと思います。

エミリー・ディキンソンは生前は全く評価されなかった隠世の天才女流詩人

エミリーディキンソン肖像
エミリー・エリザベス・ディキンソン(Emily Elizabeth Dickinson、1830年12月10日 – 1886年5月15日)は、アメリカの詩人(マサチューセッツ州アマースト出身)。生前は無名であったが、1900篇以上残した作品は世界中で高い評価を受けており、19世紀世界文学史上の天才詩人という名声は今や不動のものとなっている。(wikipededia-エミリー・ディキンソンより抜粋引用)

生前にわずか10編の詩を発表したのみで、無名のまま生涯を終えたディキンスンは、死後に約1800編の詩が発見され、繊細な感性と深い思索の中で編み出された詩の数々で、後世の芸術家たちに大きな影響を与えていると言われる。
くどくどと周りを語るよりまず、彼女の詩をご紹介します。

<和訳>
 わたしの人生は終わるまえに二度終わっている
 ”不滅”が私に三度目を明らかにするかは
 これからのこと

(武田雅子訳)

<原文>
 My life closed twice before its close;
 It yet remains to see
 If Immortality unveil
 A third event to me,

 (1733番)

他にも素晴らしい詩がたくさんあります。映画本編にも20編引用されています。
気になった方向けに詩集も一応貼っておきます。


私も持ってますが、とにかく収録数が多い(220編近く)し、評論に年表や交換手紙集なんかもあってボリュームの一冊です。


原文も読みたい方はこちらです。こっちも入門編です。50編というのも読みやすくてgood。

エミリーはなぜ隠世の一生を送る事を選んだのか?

自我の尊重と、自分自身の魂の結晶化を行う為には外の世界はあまりに抑圧的で、理不尽だった為ではないかと思う。
現在1800を超える作品が翻訳され世に出ているというのに、生前はたった10作しか出版してない。
それは彼女の詩が「女性が傑作を生み出すことなどできない」とこき下ろされたからでもあり、またそういった時代でもあったからだ。また、それに付随して詩人としての”名声を手にする為”という名目で、男性編集者から受けた多くの修正アドバイスを彼女は頑として認めようとしなかった為である。

エミリーは女学生時代ただ一人、信仰告白を拒否し学校を辞めている。当時のニューイングランドはピューリタン(キリスト教におけるプロテスタント派の信仰復興)色のとても強い土地だった。その中にあって盲目的な信仰を跳ね除け、独自に解釈し周りに決然と告げるのは並大抵の心の強さではなかった。彼女は柔軟に信仰や神について、教義や教会などに頼らず自身で考え続ける事を選んだのだ。
ここには現代においては当たり前の葛藤の一つとなったアイデンティティクライシス。自我の尊重が強く起因している。当時、女性が社会に対して自身を表現し確立するという事は事実上不可能だった。それでも彼女は自分自身が見て、考えた事を外に出す手段を詩の中に見出した。詩を書いている時、彼女は彼女自身でいる事を強く意識したのだ。
彼女の言葉は常に、自身の中にある無限の精神世界の中から知性と感覚によって取り上げられ形になった。
精神世界を五感で感じる外の世界と同じように感覚的に、まるで触れられるかのように感じ表現するような詩は独特の文体とセンテンスで彩られていた。まさしく詩が彼女自身だったのだ。

何故、彼女はスタイルを曲げず無名のままであり続けたのか?

初めから読み手を意識して書いてなどいなかったからだ。彼女は名声や金の為に詩を書くことも一度もしなかった。彼女はただ自分自身が真理を覗きこむ手段として詩を用い、自然や社会に潜むあらゆる道徳的観念を見つけ、見出す為だけに詩を用いた。
また彼女はその高潔な道徳的観念から欺瞞や気取りといったものを真っ直ぐに避難し、嫌悪した。
彼女はそういった現実世界の中でしばしば出現する、どんな小さな悪徳も擁護したり妥協したりしなかった。
それ故に、彼女は徐々に現実世界との距離感を失い孤独になっていく。
「どうしてこんなに世界は醜くなってしまったの!」というセリフは正に彼女の魂の叫びだったのではないだろうか。
彼女が部屋に閉じこもり不滅の真理に近づくにつれ、世界は彼女にとって嫌悪すべき事柄で満たされてしまったのだろう。

彼女の詩が現代でここまで評価されるようになったのは隠世のおかげ!?

だが幸いにして社会や世間との断絶により、彼女の詩はのびのびと大胆だ。また厭世的であったり、悲観的な素振りはほとんど見せない。
また目指すべき自己や社会に向かうものでもない為、説教くさいものや教訓めいたものがほとんどなく実に知的で感覚的なものが多いのもエミリーの詩の素晴らしい点だろう。「死」をテーマにした多くの試作が存在するのはそれが一つの公平な真理だからなのだろう。
クライマックスに使われる「馬車(712番)」というタイトルの詩も死をテーマにしたものだが、本作の中では最も素晴らしい詩だ!

ここから先はおまけです。

エミリー・ディキンソンに関連するアーティスト/作品①サイモン&ガーファンクル

サイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)は、1960年代に活躍した、ユダヤ系アメリカ人のポール・サイモンとアート・ガーファンクルによるポピュラー音楽ユニット。
1964年にデビューし1970年に活動を停止するまで、フォーク、フォーク・ロックを代表するユニットとして数々のヒット曲を世に送るとともに、その美しいハーモニーとギターによるアンサンブルは後続のアーティストに多大な影響を与えた。以後も折に触れて2人で活動している。1990年にロックの殿堂入りを果たした。(wikipedia-サイモン&ガーファンクルより引用抜粋)

エミリーにまつわる歌「For Emily, Whenever」「The Dangling Conversation」をアルバムに収めております。

いずれもアルバムParsley, Sage, Rosemary and Thymeに収録されてますね!ぶっちぎりの名盤なんで、こっちもリンクを
貼っておく(多分私50回は聴き込んでますこのアルバム)。

ちなみに、「The Dangling Conversation」は二人でいるんだけれどもう気持ちがすっかり冷めてしまった別れの歌だ。歌詞の中で「君はEmily Dickinsonの詩を読み、僕はRobert Frostを読む・・・」というのが出てくる。
どっちの詩人も知ってるとシンと染み渡る切なさ。こんな風に心の中が別の事を考えている表現もあるんだなあ…としみじみとする。

ロバート・フロストで多分一番有名な詩にThe Road Not Takenというものがある。
ぜひ興味があった一読してみて欲しい。

②ターシャ・テューダー

ターシャ・テューダー(Tasha Tudor、1915年8月28日 – 2008年6月18日)はアメリカの絵本画家・挿絵画家・園芸家(ガーデナー)・人形作家である。
彼女の描く絵は「アメリカ人の心を表現する」絵と言われ、クリスマスカードや感謝祭、ホワイトハウスのポスターによく使われている。50歳代半ばよりバーモント州の小さな町のはずれで自給自足の一人暮らしを始め1800年代の農村の生活に学び、彼女の住む広大な庭で季節の花々を育て続けるライフ・スタイルは、日本でも注目を集めた。(wikipedia-ターシャ・テューダーより引用抜粋)
もはや、日本では絵本や挿絵よりもそのスローライフでロハスな生き方と美し過ぎる庭で有名なおばあちゃん。
今回は絵本作家としての紹介です(笑)「まぶしい庭へ」という詩集で表紙だけでなく、結構な量の挿絵を手がけている。彼女もエミリー・ディキンソンの作品を愛読していたとの事。影響というよりコラボレーションですねこれは

ちなみにターシャーも生誕100周年で昨年映画化されております。こちらは晩年の自給自足ガーデナーとしての半生にスポットを当てた作品みたいです(すみません、未観です)

ターシャの家
晩年のターシャの庭と家

③映画「ハチミツとクローバー」冒頭

2006年7月22日公開。
監督
高田雅博
原作
羽海野チカ
出演者
櫻井翔、蒼井優、伊勢谷友介、加瀬亮、関めぐみ

「草原を作るには蜜蜂とクローバーが必要だ——エミリー・ディキンソン」

という字幕が出てきます。

ちなみにこれは映画独自引用で、漫画原作のタイトルの意味は、作者羽海野チカ先生が好きなアルバム、スピッツ「ハチミツ」とスガシカオ「clover」から取られているとご本人が語っておられました。

④映画「オータムインニューヨーク」にて主人公(女)が憧れている&詩を一部引用

『オータム・イン・ニューヨーク』(Autumn in New York)は、2000年公開のロマンス映画。
監督は『ラストエンペラー』や『ツイン・ピークス』に出演した女優のジョアン・チェン。
出演はリチャード・ギア、ウィノナ・ライダー。

ウィノナ・ライダー扮するシャーロットはハロウィンの仮装でエミリー・ディキンソンになりきるほどの大ファン。
ラストで短い詩をリチャード・ギア(ウィル)に告げるシーンがあります。

Hope is a thing with feathers
That perches in the soul

非常に映画の主題ともマッチしていて、知っていると一層深く映画を「オータムインニューヨーク」を楽しめる風になっております。

<和訳>
 希望という言葉は あの 羽のあるやつ-
 たましいの中にとまって
 歌詞のない歌をうたい
 けっしてやめない いっときも-

                 (柴田元幸訳)
<原文>
“Hope” is the thing with feathers –
That perches in the soul –
And sings the tune without the words –
And never stops – at all –

またウディ・アレンはエミリのファンで、著書の短編集のタイトル「羽根むしられて」は、エミリの詩の一節、“希望は心の中に留まる羽根のあるもの”(新倉俊一訳)と照応していると語っている。(「エミリディキンソン静かなる情熱」公式HPより)

まとめ

おまけの方がはるかに気合が入っていますが、エミリー・ディキンソンの詩は高尚でも難解でもなくて、どんな人にも浸透しやすいという事を言いたいがためにこれだけ多くの影響を受けた/引用された作品を列記してみました。どれもすごくライトな作品達なのが分かると思います。彼女の生き方は決してライトではなかったかもしれないけれど、そこまで悲劇に満ち満ちた人生でもなかったのではないかと私は思います。妹ヴィニーが側にずっと居た事もありますが、彼女の世界への目線はいつだってユーモアに満ちていて、遠過ぎずまっすぐだからです。ぜひ、詩集も手にとって欲しい大好きな詩人の一人です。

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