映画「ペンギン・ハイウェイ」考察 おっぱい愛に込められたお姉さんへの初恋の行方

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ペンギンハイウェイポスター2

初恋とは、心に消えない火をつける事。
これはSF解明冒険譚の体を借りた初恋と探求の話だ。少なくとも私にはそう思えた。
そして初恋にさよならすることで明日の自身への糧とせず、追い続ける事を魂に誓った少年の物語である。
そうこれは、あらゆる少年達が”心に火をつけた”瞬間までを辿った軌跡の物語なのだ。
私は、恋と探求ついて本作を考察してみたいと思う。

基本情報

監督
石田祐康
脚本
上田誠 (ヨーロッパ企画)
原作
森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』 (角川文庫刊)
音楽
阿部海太郎
主題歌
宇多田ヒカル「Good Night」(EPICレコードジャパン)
制作会社
スタジオコロリド
配給
東宝映像事業部
公開
2018年8月17日
出演
アオヤマ君-北香那
お姉さん-蒼井優
ウチダ君-釘宮理恵
ハマモトさん-潘めぐみ
スズキ君-福井美樹
アオヤマ君のお母さん-能登麻美子
アオヤマ君の妹-久野美咲
アオヤマ君のお父さん-西島秀俊
ハマモトさんのお父さん-竹中直人
受賞
カナダ・モントリオールの第22回ファンタジア国際映画祭にて、最優秀アニメーション賞にあたる今敏賞(長編部門)を獲得。

※ネタバレします。ご注意ください。

アオヤマ君は決して手を振らない

原作は、「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話大系」の森見登美彦。
そして過去作とは毛色の違う子供向けSF作品で、第31回日本SF大賞受賞作でもある。
本人も、原作はあくまで子供向けSFとして書いたと話している。
私は彼の作品は大好きで、上記の2作品も本作も原作既読だ。
そして彼の作品に共通しているのは「みっともない程の純情と一途さ」なのだと思う。
そして本作も私はその例に漏れないと思っている。
一見、アオヤマ君とお姉さんは再会出来ない別れを果たしたように見える。
「ひと夏の出会いとさよならによる、青少年の成長」という少年少女(かつては、とつけてもいい)が大好物のテーマであるが、そうではない。ラストで、主人公は決して去っていくお姉さんに手を振らない。代わりに彼は一人になった後も駆け出していくのだ。彼にとって再会の為に大人になると決心する話なのだ。たとえ、どんなに不可思議な現象であり、未だ誰にも解明出来てない事であってもだ。
アオヤマ君の最後のセリフ。

「世界の果てに通じている道はペンギン・ハイウェイである。その道をたどっていけば、もう一度お姉さんに会うことができるとぼくは信じるものだ。これは仮説ではない。個人的な信念である」

色々な捉え方が出来る言葉ではある。
既にアオヤマ君は大人になり、お姉さんに2度と会うことは叶わないと知っている。だけれど、信じることは決して別なのだ。と決めたようにも捉えることができる。
でもこれは、ユリイカを果たした物語だ。誰も解明出来なかった謎を解き明かした物語。
ならば、次のユリイカもまた彼なら果たせると観ている側に信じさせるものがあるのではないかと思う。

アオヤマ君にとってのお姉さんは、解明しきれない謎そのもの

お姉さんは世界にとって、異世界の存在であり調整者だった。
ではアオヤマ君にとってのお姉さんはなんだったのだろうか?
本作はアオヤマ君の内的世界をある程度具現化したものだから、異世界の存在である事は同じだ。
彼にとってお姉さんは世界の果てから来た不思議な存在であり、その明確な現象として彼女の手からペンギンが生まれるという摩訶不思議な事が起こる。そして、関連する海とジャバウォック。本作ではお姉さんは解明される事によってこの世界からいなくなってしまうが、アオヤマ君にとってお姉さんは未だ解明出来ない謎のままなのではないだろうか。彼女は結局謎のまま世界の果ての向こうへ去っていってしまった。チェスの勝敗は分からぬまま、彼女を見るとなぜ嬉しくなるのか分からぬまま。もちろん、アオヤマ君が解明したかったものはお姉さん自身でもある。その為に彼は自身のペンギンハイウェイを走る事を決めたのではないだろうか。

三つの恋心はアオヤマ君が気づかなったもう一つのユリイカ

本作には、三つの恋心が登場する。
1、スズキ君はハマモトさんが好き
2、ハマモトさんは、アオヤマ君が気になっている
3、アオヤマ君は、お姉さんが気になっている。

これらの心の動きに一番関心を持っていたのは、アオヤマ君の友人ウチダ君だが、ウチダ君は実はアオヤマ君の恋心には一度も言及した事がない。1、2も気づいているようだったウチダ君はどうしてアオヤマくんの気持ちには気づかなかったのだろうか?
アオヤマ君にとって、”おっぱい”はとても重要な要素だ。心を落ち着ける時に日に30分も考える魔法の存在であり、研究対象でもある。つまりとても”おっぱい”に興味があるのだ。
これを直接解釈すると、お姉さん=”おっぱい”でしかなく、性的対象。という見方をする事ができる。(実際、SNS界隈ではそんな解釈に対して喧々諤々と盛り上がっていた)
だが、本作に性の目覚めに対する描写は一切ない。性的な視線も、夢精も、勃起もない。
アオヤマ君にとって、”おっぱい”=大人の女性の象徴であり、自身が大人への成長の中でどうやら獲得する事が出来ない性質の象徴。つまり生命の神秘に他ならない。それは死や世界の果てと同じく、解明したいが、手が届かない不思議なのだ。
ウチダ君は、人の関心に長けた存在であり、心の動きに対して敏感な子供だ。
謎そのものとして見ているアオヤマ君の気持ちを、恋心として判断する事はウチダ君には出来なかったに違いない。
あるいはそう決めてしまっていけないと考えていたのかもしれない。
対して、アオヤマ君は何にも気づいていなかった。あれほど聡明な少年だが、スズキ君の気持ちとは反比例してしまう行為の意味も、ハマモトさんが怒る理由も、自分がなぜ最後に苦くて飲めなかった珈琲を飲み干せたのかも理解していなかったのではないだろうか。それ故に本作は、さよならの物語ではなく火を点けた物語なのではないかと思うのだ。彼が恋心を理解した時には、全く別の永遠と別離が存在するのだから。

まとめ

恋という観点から論じてみましたが、謎が沢山あるから本作は本当に無限に様々な解釈ができる作品だなあと改めて感動してしまいます。それぞれが違った解釈を持って映画を楽しめるのは素晴らしい事ですね。それで話した相手の事をほんの少し知る。それもまた映画が与えてくれる楽しみに他ならないのですから。

『おまけ』
本作のスーパーかぶれるポイントですけれど、アオヤマ君が沢山書いてる”研究ノート”ね!あれ、最高ですよ。私も小学生の頃似たようなもの作った覚えがあります。ワクワクアイテムですよね。ちぎれて1/10しか載ってない白地図とかと同じロマンがあります。それだけは言っておきたかった。

<以下、原作など気になった方向け>


私はオーディブルで読んだので、一応こっちも


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